2015年4月24日金曜日

どうも!、ふたたび

(ここは以前のブログから引用です)
私も乳がんの方のblogを見る際に、どんな方が書いてるのかと思うものの、あえて、あまり身分は明かさずに書いていきます。
このBlogを作ったのは、以下の理由からです。
  • 友人や知人にいちいち乳がん歴をお披露目するのが面倒なので、ここで知ってもらいたい
  • 乳がんの診断や、その治療がどうやって進んだのかを記録しておきたい
  • そもそも乳がんでは、どんな治療が現在行われているのか(標準治療)をまとめたい
  • 標準治療以外でも、知っておいた方がいいと思われる情報などをまとめたい
  • 私が乳がんに対して思っていることは、他の人にとっては「どうでもいいこと」です
ちなみに、私の乳がんが発覚したのは30代後半です。若年性乳がん(35歳以下)ではないのですが、乳がん年齢としては、まだ若めです。結婚もしておらず、子供もいない、シングルで、普通に社会人として仕事もしておりまして、職業が少し専門的なのですが、年齢なりのキャリアを築き上げているつもりでした。この先、「お一人さま」で生きて行く覚悟はすでにありましたが、そこに「乳がん」になるという予定はありませんでした(あたりまえですね)。乳がんが発覚してからなんとなく描いていた将来はもろくも崩れ去り、この先の私の人生は、どうしたものか?と悩みましたし、今でも悩んでいますが、なんとかやっていくつもりです。もともとこれまでも適当に生きてきたので、この先もそんな感じでいきたい。ただ、自分の病気とは、真剣に向き合っていきたいと思っています。
(ここまで引用)

soliloquyって?

 soliloquy(səlíləkwi)とは「ひとりごと」とか、劇中の独白的な意味です。カタカナでかくとソリロクゥィみたいな感じでしょうか。乳がんを経た生活や、そして自分に関してのひとりごとみたいな感じのことをひっそりと書いてみようかと思っています。

ちなみに、今回はコメントは書けるように最初からしてあります。gmailのアカウントも同時に取ったので、
sunday.and.tourist @ gmail.com
までお願いします(上のアドレスは@の前後に半角スペースが入っているので削除をしてください)。前に何度かメールでやりとりしている方は、そちらで使っているアドレスがメインですので、そのままで大丈夫です。

初めましての方も、今まで読んでいてくださった方も、
どうぞよろしくお願いいたします。


2015年4月13日月曜日

This is the Hong Kong!



Day and Night

歩きすぎて疲れた。
明日は、本当に最後の贅沢をして帰る。

来月、いつもの旅パートナーとのプチバカンスが終わったら、しばらく旅はない予定。

明日は、Grand Hyatt Hong Kongのスパ、Plateau Spaでpreflight packageを受けるんだけど、なんと、4年前の同じ日に、同じ予約をしていたと返事が来た。

それを記録してるPlateauも凄いんだけど、予約を入れた私も凄いかも!

その時は、東日本大震災のすぐ後で、絶対に聞かれるからと、原子力発電所関連の事故に関する単語を細々と調べてから香港に来た思い出が。

しかし、このpreflight package は、とてもお勧めです、が、円安との今は本当に高く、貧乏な私には、最後の贅沢。4年前は、すごくお得だったのに。

名前の通り、飛行機に乗る前に特にお勧めで、すっきりして飛行機に乗れる。ボディとフェイシャルとあって、そのあたりは、施術前に相談して、mixも可能。このpackage で使うお部屋には、バスタブではなく、ちゃんとしたお風呂があって、最後にそこでのんびりできる。たぶん、後ろに予約がなければ、数時間いても大丈夫かも。お茶やフルーツなども置いてくれて、エステティシャンはいなくなっちゃうので、ほんと、のんびり。

最後に、コスメの旅行用のセットみたいなのがいただけるのだが、ここで使ってるシグネチャーコスメのJune Jacobsのもので、私は初めてここで知ったのですが、これがまたいい!

なかなか日本で買えないのが残念で。

もしご興味があれば是非!
Grand Hyatt Hong Kong Plateau Spa

2015年4月16日追記


お部屋はこんな感じ。
下がお風呂っていうか、ジャグジーらしい。そうだよなー、お風呂って超日本人だわ。

2015年4月11日土曜日

我要加油哦!







ちょっと訳ありで、明日から香港へ。
その前に、台湾で久しぶりに友達と会った。彼は、以前日本に遊びに来た時に、一緒にカップヌードルを作ったっきりだったんだなと。あれは、9月で、その後、私はどんどんおかしくなりつつあったんだけど、そのちょうど入り口ぐらいにいた時だった。その後、たまに元気?ってメッセージくれても、元気!ってしか答えられなくて、本当に久しぶりにちゃんと会った。

「大概要多久呢?(たぶん、すごい久しぶりじゃない?)」
「對啊。上次見面是你來東京玩的時候吧?(うん。前会ったのって、東京に遊びに来た時だよね?)」
「好像是(そんな感じ)」

と、お互いに近況を。私は、休職の話までを英語でも中国語でもするほどの語学力がないので、仕事が忙しすぎて精神的に問題が出たので、お休みしてる〜みたいな感じで。よく考えてみると、去年彼と日本であった日も、会う前に仕事して、会った後も仕事してた。横浜を往復して。

ほんとアホか、って今は思う。
彼らは何があっても私が渡台すれば、絶対に時間を作ってくれた。どんなに突然でも、私を優先してくれた。

なのに私は、いつも時間がなく、中途半端にしか付き合ってあげられず、本当に付き合いが悪い、そんな風にしかできない自分が悲しかった。

でも、今日は英語をなるべく少なくして、結構頑張って中文で会話して、帰り際に「我要加油多學中文哦(もっと中国語の勉強をがんばるね)!」って言ってみた。

我要加油哦!

2015年4月2日木曜日

お引っ越し

会社を休職するに従って、実家に戻ることにした。
実際、両親もそれなりに老齢なので心配だというのと、家賃を払い続けてものらりくらりと暮らせるほどの収入は当分の間、見込めないからだ。

それに伴って、このblogも引っ越すことを考えている。

右にあったメールフォームが消え、広告が再び表示されているのは、有料プランを解除したから。

引越し先はなんとなく決めているけど、また面倒なことが嫌いな私は、さっさと作業ができないでいる。
しばらくぼんやりと続けていくつもりだが、気が付いたらもう4月。2年前の今日、私は乳がんの手術のために入院したのだった。


2015年3月30日月曜日

沒有樂樂的一天,就像沒有太陽的一天














沒有樂樂的一天,就像沒有太陽的一天(楽しいことがない一日なんて、太陽の出ない一日と同じ)。

對我來說,真的這是說得好(本当にそうだと思う)。

言葉が通じあえるはずの場所でうまくやれないのならば、私は、あえて言葉が通じない場所で、少しでも自分が言いたいことが言えるようになりたい、少しでも自分がやりたいことができるようになりたいと思って、海を渡った20数年前を、久しぶりに思い出した。

I am what I am.

2015年3月25日水曜日

Diary of a Surgery

2012年、アメリカの女優、Angelina Jolieが予防的乳房切除の告白をThe New York TimesのThe opinionに寄せたことは記憶に新しい。そして今日また、その後についての記事が公開された。

今回は、卵巣切除についてである。

ちょっと時間を作って、記事を日本語にしてみたいなーと思いつつ、現在、卵巣切除と同じ効果をもたらすとされる、LH-RHアゴニストの注射を受けている身としては、更年期症状について、どう思っているのかを知りたいというのが本音だ。


2015年3月8日日曜日

「これまで、よくがんばりましたね」

3月6日に会社に休職願を出し、晴れて毎日が日曜日になった。
本当は、4月から休もうとしていたが、その時期の突然の休職は来期の予算に大きな影響が出てしまうので、早めの休職の方がよいだろうと思ったというのもあるけど、実際、限界だった。

毎週、メンタルクリニックの先生との診察の中で、初診の時から、何度となく「やっぱり仕事は、休めないですか? 診断書なら、いつでも書きますから」と言ってくださっていたのだが、なかなか私自身が決断できなかった。それは、休むことで、これまでのキャリアがもう終わってしまうかもしれないこと、がんの治療のためという名目もある収入が途絶えることになってしまうこと、などに対する恐怖があったからだ。「ええ、仕事は本当に、休みたいんですけど……」その後がいつも、続かなかった。

毎週同じ曜日の同じ時間に診察を受けていて、3月初めの診察日に、どうしても、今のまま仕事を続けるのなら、ということで、薬の種類を変更して処方してもらった。今まではマイナートランキライザーと呼ばれる、抗不安薬を日常飲みながら、必要に応じて頓服の薬を使っていたものの、なかなか気持ちが上がらないため、仕事をどうしても続けるのならということで、メジャートランキライザーの抗うつ薬(SSRI)を使うことになった。仕事を続けながらうつの治療を続けたいという患者さんによく使われるもので、それほど強い薬ではないのだが、抗うつ薬を飲んでまで、なんとか仕事を続けようとしている自分にウンザリだった。キャリアも収入も、もう、とりあえずどうでもいい。そんなものより、とにかく、休みたい。心からそう思った。

診察翌日、メンタルクリニックに電話をして、「最短で診断書を出してほしい」と頼み、診断書を書いてもらうために診察室に入ると、先生から言われる。

「これまで、よくがんばりましたね」

乳がんの告知の時ですら泣かなかったのに、思わず、泣いてしまった。


私の病名は「適応障害」でした。
仕事だけでなく、乳がんになったことや、治療そのものに対しても強いストレスを感じているということがわかり、ちょっと複合的ではあるのですが、しばらくだらだら〜としながら、まずはゆっくり休みたいと思っています。

やりたいなーと思っていた翻訳の続きなども、毎日が日曜日なので、少しずつできるといいな〜と思っています。

しかし、このblogは乳がんの記録だったはずなんですけど、ま、いっか!ということで。